四十三年十一月九日



 今日は、信心の心得と言う事を頂きます。


 信心の心得を、どう持たせて頂いたらよいか、これは、何をさして頂くでも、何のさして頂くでも、何の稽古をさして頂くでも、やはり、その心得と言うのが有ります。
 その心得を守っていくと言うちころから、全ての事の稽古がなされます。ですから心掛けが大事です。信心の心掛けと言うものを、どう持たして頂いたらよいかと言うものを、今日は御理解第八十四節の中から頂きたいと思うのです。
 信心する者の心掛けと言うものを教祖は、信心の心得として教えておられるのですけれども、結局信心と言うのは、神様が見ておいでだ、神様が聞いておいでだと、神様が全ての事を御承知ずくだと、
 いわゆる神様の御承知の世界に生き抜く事、と言われておりますけれども、それもね、神様が御承知の世界を生きぬく事ですけれども、ここにあります様に、信心の心得を守らせて頂きながら、生き抜く事なんです。
信心の心得の第二条に、「真の道に入れば、第一に心の疑いの雲を払えよ」…とありますが、
 仲々信じると言う事は難しい事ですが、神様を疑わんで済む、神様を確認出来るお陰を頂く為にも、そう言う稽古をさして頂く為には、これを心掛けとして、神様の御承知の世界に心掛けを、心に掛けさせて頂き乍ら、生き抜く稽古をさして頂く為に、疑いの雲も払われていき、同時に神様をしっかり自分の心の上に頂く事が出来るのです。
 ですから、ここんところの稽古をしておかねばならんのです。だから、ここの心得の所を一辺どうりず-と読ませて頂いてですね、それを自分の心の中に頂いてしまって、信心さして頂く者は、こう言う心掛けでなからなならん、こう言う心得を守っておかねばならんと言う事を心の中に、ひとつ暗記しておかねばならんですね。
 そう言う心掛けを以て、しかも神様が見ておいでだ、聞いておいでだと、いわゆる神様が全てを御承知の世界に、そう言う心得として、生き抜いて行くと言う事です。
 もう何十年信心しとりますと言うても、信心の心得を守りもせず、信心さして頂く者の心得を知っとっても守りもせず、神様が見ござるけん、神様が知っちゃるけん。成る程神様が御承知であろうけれども、おかげにはならんです。
 どう言う難儀な中にあっても、信心の心得を守らして頂き乍ら通り抜かせて頂くと言う事なんです。そして、信心の心得と言うのは、そう難しい事を言うてあるのじゃありません。
 食べちゃならん、飲んじゃならん、しちゃあならん、そう言う難かしい事は、一つもない。どの一条一条も、成る程、成る程と思わして頂く事ばかりなのだ、
 仏教で言う五戒、キリスト教で言う十戒、それは、もう大変に難かしい事、とても人間には出来ない様な事をあげてあります。それでもやはり一生懸命になれば出来ん事はないから、五戒とか十戒とか有るのでしょうけれどもね。
 けれども、お道の信心の中には、そんな難かしい事はない。だから、その稽古をしょうと思えば、その心得と言うものを守らなければならない。
 それを守っただけではいかん。それを守りぬかなければいけん。しかも、何処を信ずるかと言うと、神様が見ておいでだから、聞いておいでだから、神様の御承知の世界に心得を守って、生き抜いて行く事が信心だと言う事なんです。
 そう言う信心生活をさして頂く、そして御理解八十四節を改めて読ませて頂きます。
 御理解第八十四節、
 驕りがましい事をすな。ものは細うても永う続かねば繁盛ではないぞ、細い道でも次第に履み拡げて通るのは繁盛じゃ、道に草を生やすような事をすな。
 信心さして頂いて一攫千金的な何かこうガバ-ッとお陰頂こうとか一辺に大きな金満家になろうとか、そう言う濡手で粟の掴みとりの気になるなと、そう言うものじゃない、信心とは。
 実を言うたら、もう神様が生きてござる、神様が知ってござる、見てござる、聞いてござると言う事を信心して、履み行って行くと言うところに信心の味わいがあるのである。
 そこの信心の味わいと言うのを、味あわせて頂きながら、いわゆる、繁盛のお陰を頂いていかなければならん。…それも、
   「細うても永う続かねば繁盛ではない、」
信心する様になったら一辺に商売が繁盛したと、信心始めたら一辺に家がきれいになったと、そう言うものでなくて、それを踏まずたゆまず、そういう信心の心得を守り乍ら、信心を続けさして頂く、
 「細い道でも次第に履み拡げて通るのは繁盛じゃ、道に草を生やすような事をすな、…」
ところが、これは、私の過去の信心を思うてみてもです、そう言う様な大事なところに全然焦点を置いてなかったと言う事です。
 これは、私と言うより私一家は、やはり何々様拝みよると同じ事。金光様じゃなくてもよい様な神様にしておった。
 成る程、熱心に信心しとりました。けれども、やはり困った時の神頼み的な信心。かと言うてたまにしか参らんと言うのでもない。
 長らく朝参りもしておりましたし、月次祭の日は商売やっとりましたから、仲々昼は出られんので、夜は一家が揃うて、いや、隣近所の人達も誘い合わせて、今日は月次祭だからと言うて、お参りさせて頂いとりました。
 成る程信心はそう言う風にして、続けさして頂いとったんですですけれども、例えば、信心の心得を信心しとりますけん悪かこつしちゃならんと言う事は漠然と持っとっのですけれども、ここにあげてある、この何十条の事をですね、心に掛けてはおらなかった。
 そして、お願いをして、何時かはお陰げ頂くじゃろう、お陰頂くじゃろうと言った様な、淡い願いの信心であった。唯、続けられておったと言うのは有難いけれども、ここにある、「細うても長う続かねば」と言う続き降りではない。
 いわゆる、その、お陰からお陰を追うた信心であったと言う事。金光様の信心すりゃお陰頂くけん止められんと言った意味の信心が続いておったと言う事。
 これではやはり、何十年経っとったけれども、お陰が受けられなかったと言う事が分かります。私の時代になってからも、やはりそうである。
 そして、初めて気が付かせて頂いたのが、今迄のような信心じゃ、いかんと言うところから、信心の焦点が、変ってきた。それを、やはり言うならば、信心の心得と言うものを、初めて見直したと言う感じである、しかも、それに徹底して取組んだと言う事である。
 これは今にして言える事ですけれども、その当時は、そうは思ってなかったんですけれども、こちらが真剣に、今迄の様な事じゃいかんと言うところから、信心に発足したのですから、やはり、それが教えられんけれども、やっぱり、それを行じておる、それを見てから行じ、聞いたから、守ったのじゃないけれども、やはり行じておったと言う事が感じられます。
 第一に、…驕りがましい事はすな。…
こう言うところは、徹底してお陰頂いた。自分と言う者を見極めた
ところから、本当は、自分は、食べる資格は無い、着る資格は無い程の私である事を、見極めたところから、私の信心は始められておる。ですから、その、…履み拡げて通るのは繁盛じゃ…とおっしゃる、その履み拡げて通る繁盛のお陰を頂かねばならん。
 それには、…「道に草を生やすような事をすな、」…と言うてありますが、私共は、いつも道に草のはやしどうしだったと思うのです。草の生えとるけん邪魔になるから、草をおし分け、おし分け通って来た様に思うのです。その草を取ろうとしてない。
 言うなら改まろうとしてない、本気で研こうとしてない、こう言う事が、お陰の邪魔になっとると言う事が気付いていない、そこを、ほったらかして前さに進んどると言う様な感じなんです。
 これが、お陰の癌だと言う様な事は見過ごしていっておる。  隅から隅まで見通しの神様を頂いて、神様が見ておって下さるから、どうゆう難儀な中にでも、心強いお陰が頂ける。
 だから神様が見ておって下さるのであるから、神様が教えて下されてある、その心得と言うものを心にかけさして頂きながら、それを辛抱していく。そこを辛抱しぬいていく、
 そこで草を生やさんで済む、いわゆる信心の心得を守りながら、「細うても永う続かねば繁盛ではない」とおっしゃる、そこんところを細々ながらでも守りながら、そこんところをたどらして頂くと言うところに草を生さんで済む、
 皆さんも、今日からでも遅うはないのですから、やっていきなさると、やはり今迄の、一つの基礎が出来とりますから、信心生活が改めて、新たに有難くならしてもらう味わいが出てくるです。
 それを守り抜かせて頂く、今日なら今日とゆうところを起点にして、ずう-っと履み拡げていけばいゝ訳です。今日からは道に草を生やす様な事はせんと言う生き方にならないけん。
 五日の壮年部会の夜の御祈念の時、「節を大切に」と言うならば、信心さして頂く者が様々な難儀に直面致しましても、その難儀の受け方と言うか、いやむしろ、その難をお陰として頂く、いや、その難を、難あって喜べと言うてあるのですから、それを喜びで合掌して受けていく。
 そこから、その節から芽が出る、又その節から一段と伸びていくのだ。
 ところが、果たして私共が、合楽の人達の場合なんか、何十年と信心してきておるけれども、難あって実際に喜べてきたであろうか、 実際に、難は受けてきた。節はあったけれども、その節から、はたして、こう言う芽が出たと言うお陰を頂いてきただろうか、唯、成る程そこを通りぬけてきたのは、通りぬけてきた、何とはなしに。 けれども、そこから伸びてもいらなければ、芽も出ていないとするならです、○○○○難の受け方と言うか、節、の頂きと言うのが、ちょっと間違いがある。
 どう言う風に受けていったらよいかと言う事を、今夜の壮年会のひとつのテ-マにして、お話を進められたら、と言う様な御理解であった。
 その事でも皆さん思うてごらんなさい、確かに節は、あったけども、本当に難はみかげとおっしゃるが、難をおかげとして受けてきたかどうか、難あって喜べとおっしゃるが、その難を喜んで受けたかどうか、
 「毒薬を変じて薬にする」と言うが、やはり、毒薬は毒薬にしてしまってきたのではないか、それを変じて薬にするだけの信心をしてきたかどうか、
もう本当に、この事は言い続けられてきておるのですけれども、実際に自分の信心に頂いてみますとね、そこんところを、ただ、通ったと言うだけで、それを有難いとも、喜んでも、そこを、受けておらなかった。
 難あって喜べとおっしゃる、喜んでなかった、難はみかげとおっしゃるが、みかげにしきっていなかった。それを、唯、お陰にはしてきた。
 なんとはなしに、おかげは、そこを頂いてきたけれども、それを、そこから、芽の出る様な、そこから、節ごと伸びる様な、お陰やら信心やらは頂いてかなかったし、それには、どう言う様な生き方になったらよいのか、
 その事の答えは頂いておったけれども;その事はふせて今晩の壮年会のテ-マになさったらどうかと話しておいた。
 その時にどう言う信心さして頂いたら、節のたんびに伸びるかと言う事をお伺いさせて頂いたら、…
   ある人が馬に乗っていきよる、その人が
   馬のたずなを手に持っていたのを、
   その馬をひきとめてから、前の方へ
   進んでおったのを、くるっと
   後へ廻った、お知らせを頂いた。
 馬と言えば、いやしい心とおっしゃるが、だから、その自分の心の中にある、こういうものがあっちゃ、お陰にならんと段々分ってきたその心をです、丁度、まわれ右をする様に、改まった生き方になれ、
 東の方向いて行きよったら西の方へ、くりっと向いてしまえと、難のあったたんびに、そう言うお陰を頂けば必ず、その節は、お陰の元になる。あの節のお陰でと言うて、節を有難く受ける事が出来る、と言う訳なんです。
 そう言う生き方になれば、必ず、その節から、芽が出る。そこを、そんなら、向きを変えん、変わりもせんと言うなりに、そこを、唯、お陰を頂いて、通りぬけてきたと言うだけなんだ。お互いの場合は。
 あの時、痛い思いをした時に、完全に自分がまわれ右したと言う事になっていないと言う事。
 そう言う様な話がテ-マで、話が進んでおる時、私は、ちょっと遅れて参加させてもらった、丁度、善導寺の原さんが発表しょうとしておる時であった。
 それで原さん、今日の節と言うところをどう言う様に頂きますか、と言うておったら、原さんが首をひねりながら、言われるのです。
 私は今晩の御理解がいっちょん分かりません、第一に節と言うのが、どう言うこつか分りませんがの、と言われる、
 この人ばっかりは椛目時代から、毎朝毎朝、朝参りさして頂いて、節と言う事が分らんとは、どうした事じゃろかと私は感じた。
 ところが、次々に原さんが話されるのを聞きながらですね、成る程、成る程そうだと改めて私は、原さんの信心を見直した気がしました。                            いわゆるこの八十四節をある意味あいに於て、ぴったりと頂いてきておられると言う事なんです。信心の始まりと言うのは息子さん、死ぬか生きるかの病気からであった。
 私はこれだけの沢山の、お取次をさして頂いておりますが、原さんの様なお取次は、後も先も、原さんが始めてです。
 と言うのは、お願いにみえた時にです。原さん、あんた方夫婦がですね、お陰を頂いたら一生朝参りをする事を神様に約束しなさい、その事を条件に、私は神様にお取次をする、お願いをすると言う事でした。
 もう、それこそ、どうにもこうにも出来ん時ですから、それは、おかげさえ頂けば必ず守りますと言うのが原さんのお答えであった。 私は、       、実際は   、此の事は言うとらんです。私の生き方からみるなら皆んなにもそうゆうお取次ぎしとろうとおもうけれども全然しとらんです、そういうお取次は。
 けれども、原さんが一人です。そういう条件の心に、神様にお願いしたのは。それが奇跡的に言わば、お陰を受けたのです。そこから原さん達の信心が始まって、途中では、ほんに、えらい事を神様に約束したと思いなさった事も随分あろうかと思うのです。
 夫婦の者が毎朝参らんならん。しかも死ぬ迄参らんならん。大変な事を神様に約束したもんじゃあると、思いなさっただろうけれども、おかげで十八年間続いた。
 しかも奥さんの方は夜も参って来られる、これは、約束ではないばってん、信心の味わいが段々分かってこられた。そん時に原さんが言うておられるのにです、
 私は非常に肩がこるのです。肩がこりだしたら、もう仕事がでけん事なる。リュウマチ神経痛で非常に難儀をしておる。ところがです、
 ところが、もう信心頂く様になって、その肩がこるとか、リュウマチが起こるとかと言う事が、もう…… 出ないと言うのです。それを十八年間振り返ってみて、お陰を受けたもんじゃあるなあと気がついておられると言う様な感じなのである。
 その時には商売は非常に繁盛しておった。けれども借金はあった、ところが信心させて頂く様になったら何時の間にか、  借金はなくなってしもうた。と言うて、そんなら原さん方は信心してござっ……      より、仕事はありよらんと言う位にです、大した繁盛しよる風には見えないけれども細々ながら商売が続いておる。 そして、その翌日夫婦でお参りしてきて、お届けされる事の中にです、昨夜はあげん遅う帰らして頂いてからね、今朝、朝参りをさせて頂くのに、眠いもきついも感じません、と言うて、原さんが言われるのですよ。
 もう十八年間のうちに、いつの間にか、いわば、そげな徳を受けておられるのです、朝起きの徳を受けてあるのですよ。
 本当に原さんな椛目に、ぼうけちあるとじゃなかろうかと言う様な信心させて頂いて、やっぱり信心のお陰で、あげな繁盛のお陰をうけちゃると言う様なお陰は、ひとつも受けちゃないと言う事。
 けれども細々ながらです、神様との約束を、それこそ一分一厘間違いなしに、十八年間続けて、きておられると言う事。
 そして、十八年間とうらして頂いて、気付かせて頂く事は、自分の持病であった様なものが、全然気もない程、受けておると言う事、家族中の者が健康のお陰を受けておると言う事、
 三人の娘が嫁入るのに、全然貯えもないのにです。その時にはその時なりに近所の人が言うのに、何時の間に原さんは、こげな準備をしておったじゃろうかと言う様に、原さんの方としては、充分とは言わんが、勿体ない位に、…… さして頂いた、それぞれに、縁につかせる事が出来、昌一郎さんの嫁を呼ぶにも、ちゃあんと、お繰り合せを頂き、
 しかも家族の中に生まれてくる雰囲気と言おうか、なんとも言えぬ味わいを改めて分らして頂いたと言う事である。
 そして先生、私の方には、十八年間、節と言う事が有りませんでした。とこう言われる。
私は思いますねえ。金光様の御信心を頂いて今日の、この八十四節を頂いて、本当に、この、驕りがましい事をすな、と言う事を、例えば、原さんの場合なんか、着物ひとつ作られるでも検討に検討を加え、御神意を伺い、これは自分の分に過ぎる、こんなものを頂いちゃ、
 娘が或る時に、お母さんに、着物を一枚作っちゃると言う、それがあまりにもよすぎる、だから、それを断られる為に、一生懸命、お取次を頂かれたんですから。
 せっかく娘があゝ言うてくれるのを、無下にも断る訳にいかんから、だけど、この私には良すぎる、だから、どう言う風に言うて、他の方へまわさして頂こうかと言う様なです、お取次を頂かれる様な中に、十八年間の信心が続いてきた。
 私もそれに、あんまり気がつかなかったけれども、 原さんのお話を聞きながら、此の人は合楽一番のおかげを受けておるんだなあと感じたんです。
 ほんなこと、節はなか、これから、ほんに、これを履み拡げてさえ行けば、これが本当の繁盛になっていくと言う事なんです。
 為にいよいよ豊かに、いよいよ大きくさえなっていけば、このおかげが、豊かに大きくなってくるに違いないと言う事。
 道を、草をはやす、暇がなか、そして皆さんが、御存じの様に、御用なら御用の上にでも、一生懸命でしょうが、いろんな意味での御用が、それで、なされておる。だから金光様の御信心はじめたら、こげな奇跡的なお陰を頂いた、店がこげん繁盛するごとなった、と言う事じゃないと言う事。例えば、それが、その日暮らしでもよいから、道に草を生やさない様に、お陰の実感と言うものを、しっかり心に頂きながら、ほんに有難い事じゃある、有難い事じゃある夫婦で、さし向いて、お仕事をさして頂きながら、とにかく、どげん考えたっちゃ、おかげですね、どげん考えたっちゃ、あゝたおかげですばいと言うて、話しながら、十八年間続いてけてきたと言う事。 ですから、朝参りをさして頂き、夜もちょっと、お礼参拝させて頂かにゃおられないと言う様な、お陰を頂きながらです、たどらせて頂きながら歩いた道である。これが繁盛の道なんだ、
 厳密に言えば、もともと信心の心得と言うのは、頂いて表して、いよいよ、もっともっと豊かに大きゅうならして頂く稽古をさして頂いて、そして、そのたどらして頂いておるその道を、いよいよ履み拡げて、通られるところからです、私はそれが、信心の徳と言うものになり、それから、まあ夢にも思わなかったと言う様な、本当に原さん達の老後が楽しみと私は感じたのです。
 この調子を落とさずに、このまゝ進めていかれるならばです、いよいよ履み拡げて、お陰を頂いていかれるだろうと、こう思わして頂いた。
 成る程、原さんが、節と言う事が分らんと言われた事が、成る程だと、分らして頂くのです。
 ところがです、それからこっち、その原さんの、お話しばっかりするのですよね、お参りして来る人に、そしたら幾人の人かが言われるのです。
 先生は原さん原さん言いなさるばってん、私の方も、原さんには負けん位のお陰を受けておりますと、言う人が何人もでてきたと言う事です。
 ほんなこと、聞いてみりゃ、あんたげもそうのと言う事です。目立たないです、そう言う信心は、あんまり、お陰とは百万長者になられば、お陰とは言わんと言う……きが合楽には有るのですが、
 細々ながら、履み拡げていきよるお陰。本当に、うちには節は無かったと言うお陰を受けておる人が、次々と、その話をした事から出てきた事です。
 ですから、隅田博士がみえた時にもお話した事ですが、何十年か前に、久留米で、文男先生が、先生あなたは、病気をされた時に薬を飲まれますかと、言う様な質問をした時にです、
 いわゆる病気をされた時どう言う受け方をされるかと言う訳なのである。ところがね、金光様の信心しよりゃ節はなかと言う意味の事を言われた。金光様の信心しよりゃ病気はしませんよと言わっしゃったですからね。
 私は、どうも、その時にピンとこなかったんですけれども、何十年たって今日、隅田先生を向かえて、お話を頂きながらあです、ほんなこて金光様の信心を、あんな風に続けてさえいけばです、もう、めぐりの出所が無いのですよ。
 そして、その信心によって、借金払いをしていく様に、めぐりが、なしくずしで終わっていきよると言う事です、ところが、私共の場合はです、はあ、よか信心しござると言うかと思うと、いわゆる、その金魚の糞じゃなかばってんか、つながっとるばってん切れとる、切れとるばって、つながっとると言う様な、信心をです、お互いが続けてきておるものですから、そこから、草が出てくる。そこから、節が出てくる様になる。これは、私共の信心はそうだった。
 今日、私は、原さんの信心を、手本の様に言うたけれども、これを厳密に言っていきゃ、原さん達、ご夫婦としてはです、まあだ、これを深く深く検討しておいでなならんのでしょうけれども、これで、良いと 言う事じゃ決してありませんけれども、
 こゝのところを、お互いが、ひとつ分らせて頂いて、神様が御承知の世界に生きぬいてこられた十八年間、しかも、それだって、神様との約束を一分だって、一厘だって、間違わずにです、それを、実行し続けられてきたと言う事。
 途中には、本当に止めようごとある時もあったろう、えらい事神様に約束したもんじゃあると思われた事もあったろう、
 けれども最近では、眠る時間はない様にあっても、それが気分よう目覚めのおかげを頂いて、肩の凝る事もリュウマチ神経も何時の間にかなおっておった。しかも家族の者の一人一人の上に、思えば思う程に、広大なお陰を受けてきたと言う事がです、私は、この御理解八十四節に、なんかピッタリする様な感じがするのです。
 皆さんも、ここんところを本気で頂いて、神様が、御承知の世界に生き抜くと言う事は、そういう、例えば、神様との約束、こうと、心にきめられた事は、もう約束になるのですよ。
 それを細々ながらでも守り続けさして頂きながら、信心の心得を心得として、神様が御承知の世界に、生き抜かせて頂いて、道に草をはあす事の無い様な信心、
    驕りがましい事をすな、ものは                細うても、永う続かねば繁盛で                はないぞ。                         細い道でも次第に履み拡げて通                るのは繁盛じゃ、                      道に草を生やす様な事をすな。
とあります、
 皆さん、金光様の信心しとるけんと言うて、今に皆んが、びっくりするごたる、お陰いただいてみすると言った様な、考え方は、先ず捨てなければいけません。
 そして現在、日々がです、細々ながらも、こう言う有難い信心をさしてもろうておると言う事に対して、味わいの分かる信心をさしてもろうて、それが段々繁盛につながっていく、このままいきゃ繁盛になると確信の持てれる信心を、生活の中に頂いていきたい、
 今日は大体、信心の心得について、頂いたんですけれども、その信心の心得をですね、どう行じていくかと、それを、今日は御理解八十四節の中から頂きましたですね。   どうぞ